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準備編行政書士試験のための準備を始める前の準備
なぜ、あなたは行政書士試験を目指すのでしょうか?
理由は様々だと思います。
その理由のどれをとっても正しいことだと思います。
よく聞くのは、
「行政書士の資格では食えないからとってもムダ」とか、
「行政書士資格をいかなさいのならば勉強するだけムダ」とか、
云々....
確かに行政書士試験に合格しても、行政書士として独立しなかったり、
それをいかせる仕事に就かなかったりすれば、試験勉強はムダなことに感じるのは
当然のことかもしれません。
でも、ほんとうにそうでしょうか?
その試験勉強がまるっきりムダになるでしょうか?
私は、そうは思っていません。
行政書士試験に合格することで、
「物事を達成するために計画を立て、根気よく継続し、
本番で力を発揮することができる」人
だということをアピールできるのです。
とくに、社会に出ると、人は差別化して物事を見ます。
そりゃそうです。
これだけ人がいる中で、なにかの基準を持って振り分けていかなければ、収拾がつきません。
最もいい例が、就職のときの制限じゃないでしょうか。
大学を出いる人すべてがいい人材かといえば、そんなことないのは明白な事実です。
でも、何かしら基準を作らないと選べないのです。
それだけ、人を見る目を持った人は少ないです。
私自身、高校しか出ていないので、社会に出てから骨身にしみて
学歴社会というものを感じました。
今では、実力主義だのなんだのと、言われていますがまだまだ
根本的なところは変わっていません。
あきらに私より仕事が出来ないのに、給料に差があり、
ボーナスなどはもっと差がありました。。。
もう初任給から違いますから比べるほうがおかしいんですけど。
いわゆる、「キャリア」と「ノンキャリア」みたいなものですね。
そんな私が言うのもなんですが、
こういう理不尽な(?)差別(?)(当時の私はこう思ってました)
は、アリ、だと思います。
大学受験という、「試験」を突破した人は、やっぱり、
「突破しなかった」人と違う扱いを受けてもいいんじゃないかと。
大学受験のために、準備をして、本番で力を発揮できる人であるから。
推薦であっても、やはり普段の成績が良くて推薦で合格できるわけですし、
その継続性は、すばらしいです。
私はといえば、もう完全なる落ちこぼれ。
高校に机に向かって勉強した記憶すらない。
遊びまくり、やっと進級し、やっと卒業しました。
卒業後の進路は、働きたくないから、という理由で、大学を受けましたが、
もうそれこそ最低ランクの大学にも引っかからず、
当たり前といったら当たり前なんですけど、
何せ当時の私は「自分にはなんでもできる」なんて思ってましたから、
けっこうヘコみました・・・・(生意気!!)
それから、よくある話、
「試験なんかで人を評価判断なんてできるわけねーじゃん」っていうノリで、
さらにフラフラした毎日を送るようになりました。
年頃になり(といっても23、4。おそい!!!)
自分の将来は真っ暗なんじゃないかと思うようになり、
まっとうに生活したいと思い、なんとか就職口を探し、
なんとかその会社のもぐりこみ、働き始めました。
工場のライン作業です。
そこでまあ、学歴社会なるものを肌で感じ、
(今となっては学歴社会云々という前に高学歴の人より明らかに自分のほうが劣っていたと思いますけど)
「やればできるってところを見せてやるよ」ってことで、最初は大学を目指しました。
が、大学に仮に受かったとしても、学費を払えないことに気づき、
(親にはそれまでにもうだいぶ金銭的に負担をかけているのでもうこれ以上は無理な状況でした(汗))
じゃあ、どうしよう。
っていうときに「行政書士試験」のことを知ったのです。
えらい動機は不純です(笑)
試験勉強している間に、「独立できる資格なのでいつかは独立したい」
「こんなオレでも人の役に立てるような仕事が出来るかもしれない」とか、
行政書士試験に合格するための目的は変わってきましたが、
最初の最初は、たわいもない動機です。
合格までの過程は、他のページに譲るとして、
結論から言うと、
行政書士試験を合格したことで、
周りの見る目が変わり、
なによりも自分に自身が持てるようになりました。
(う〜んなんて陳腐な言い回し)
もちろん、そんな行政書士の資格もったってどうせ食えないんでしょ?
みたいな顔をする人もいますが、それはそれでいいんです。
行政書士でくれるか食えないかはまた別の次元の問題であって、
それほど、馬鹿馬鹿しい質問もないんです。
「ラーメン屋」で食っていけますか?
という質問に対して、
「成功する人もいるし、失敗する人もいる」と答えるといっしょです。
(多少の確立の問題もありますが)