行政書士試験★民法★合格ノート > 私小説的なプロフィール > 二十歳を過ぎても....
私小説的なプロフィール二十歳を過ぎても....
ハタチを過ぎても定職には就いていなかった。
バイトもしていない。
じゃあ、なにをしていたかというと、
なにもしてない。
ほんとうに「働く」ことがイヤだった。
「働く」とは、何かをあきらめることのような気がしてならなかった。
「就職するということは、魂の半分の自殺」といった言葉を
目にしたことがあるが、まさにそんな心境。
そういってしまえば、かっこよく聞こえはいいかもしれないけど、
実際は、逃げてただけ、楽したかっただけ。
そう、今になって思う。
そのときのキモチ、今でも鮮明に覚えている。
「働く」ことを考えるとキモチ悪くなっていた。
いまでも、たまにむずかしく考えすぎるとキモチ悪くなるけど。
一生のうちで仕事をしている時間は大きなウエイトを占める。
だからこそ、仕事は大事。
私の最初の仕事は、工場勤務。
何年も怠けていた体に、2交替勤務の夜勤はきつかった。
そりゃもう、めちゃくちゃきつかった。
それでも、行政書士試験の勉強を続けた。
睡眠時間もろくにとらず、体はぼろぼろでどうにかなりそうだったのに。
なぜか?
たぶん、それは、「希望」みたいなものだったのだと思う。
果てしなく先にあるゴールに向かって、少しずつ近づいていくことで、
日々の仕事を、生活をやり過ごしていた。
そこにたどり着けば、きっといいことがあるだろう。
楽観的希望。
具体的にいえば、資格を取ればばら色の人生が送れるだろう、ということ。
あまい。。。。
あますぎる!
それでも、生きていくためのモチベーションは、あった。
行政書士試験合格、という目標を持ったおかげで充実していた。
工場での単純なライン作業も何とかやってのけた。
上司に理不尽なことでがみがみ言われても同じことが言えた。
「合格するまでは」というのがあったからこそだと思う。
合格すれば、資格を取れば、ばら色、というのは、甘すぎた考えだったけど、
行政書士試験を目指したことで、仕事について真剣に考えるようになり、
なにより、目標を持つことで充実した日々を送れることができたことはよかった。
行政書士試験合格を目指していたのだが、
行政書士試験の勉強をすること自体が、良くも悪くも、当時の私の支えだったような気がする。